Recent Situation on Radiation

柏の放射線にまつわるその後の展開

 前回の更新の後、様々な動きがあった。本も読んだし、メモも書き散らしては来たのだが、どうにも忙しくなってあっという間に時間が経ってしまった。個人的には、原発の問題は最優先課題なのだけど(注1)、なかなかそうとばかりも言っていられず、自らの能力不足がもどかしい。遅ればせながらではるが、少しだけでも整理しておくことにする。

 

 前回までは、大手メディアから出てくる情報があまりにも「安全」ばかり強調していること、「菅降ろし」を巡る動きもなんだかきな臭いこと、柏近辺の放射線量が関東平野の中では随一と言っていいほど高いにもかかわらず、ほとんど一般に知られていないことなどから、「もっと危機感をもって対応する必要である」と声を上げることが主眼であった。

 

 柏の線量率が高いことが明らかとなった発端は、東大が発表してきた「東京大学環境放射線情報」のデータである。同データは、もともとは東大の内部ネットで公開されていたものだった。原発の状況が不透明な上に、計画停電が実施され電車も止まるという状況だったことから、「学外からも見られるようにしてほしい」という要望を挙げてみたところ(同様の要望を挙げていたのは別に私だけではなかったと思うが)、関係各位の努力もあり、学外公開されることとなったものである。(当時は、留学生などが自宅待機していいても十分な情報が得られるようにということばかり考えていたのであって、それがまさかこういう展開になろうとは全く思っていなかった。)


 3/15から始まるそのデータは、柏キャンパスの値が本郷キャンパスや駒場キャンパスの値に比べて微妙に高いことを示していた。当初の東大のQ&Aでは、「敷石や自然石などにより柏は平常値が高い」と説明しており、そこまでは、まあそう説明できないこともない値だったかもしれない(震災前(3/11前)の値がないので、本当のところはよくわからない)。しかしその後、3/21を境に値が急上昇し、その後減少するもののもとのレベルには戻らず高止まり(0.35μSv/h以上)し、柏と本郷・駒場の値には明確な差がみられるようになった。この差が一部の人々の目にとまり、ネット上で議論されるようになっていったのである。東大のHPでは、その後もしばらく「敷石・自然石による自然放射線説」が放置されたことから、ネット上で批判をあつめることとなった。「敷石が降ってきたとでもいうのか!」といった至極全うな批判もあったように思う。
 

 柏キャンパスの値が高いことは、「柏・松戸放射線観測日記」などの個人の方の努力や、群馬大早川由起夫教授らのチームによる広域なマッピング(「福島県ならびに近県の放射線量マップ」、「福島第一原発から漏れた放射能の広がり」)により確認されていった。柏キャンパスで使用された測定器の個体差などではなく、福島・郡山などの値よりはずっと低いものの、いわき市なみあるいはいわき市以上の線量をもつホットスポットだったのである。筆者も自分でカウンターを購入しており、その結果はすでに報告したとおりである(柏市近辺の放射線量率)。さらに、5月11日に中部大の武田教授が自身のブログ「柏、松戸、流山、三郷のホットスポット」で群馬大早川教授らのマップを紹介したあたりから、「柏ホットスポット」もしくは「東葛ホットスポット」として広く知られるようになっていった。

 

柏近辺の線量率は、空間線量率で言うところの放射線管理区域の一歩手前ではないか、ということも指摘され、看過できない事態であることという認識が広がっていった。その後、東大物性研押川教授によって、土壌中の放射性物質量がセシウム134と137あわせて80000Bq/m2と試算され(放射能汚染の危険性(メモ))、放射性物質密度からいうとまさに放射線管理区域(4万Bq/m2以上)相当していることが予想されるに至る。これは、その後の筑波大の末木啓介准教授の実測によりほぼ試算通りだったことが明らかにされた(千葉など400倍汚染土壌 筑波大調査)。

 

 これらの情報を受けて、柏市内でtwitterやネットを使う母親達が声を上げ始め、市内の小学校の放射線量の測定や校庭の除染を求めて瞬く間に1万人の署名が集まることになった。母親たち=朝のワイドショーの視聴者層ということなのか、すぐに民放の朝の情報番組に取り上げられ、その後は右へならえで各局各番組で東葛ホットスポットや首都圏ホットスポットとして取り上げられることとなった。署名と報道の効果は大きく、柏の線量率が(比較的)高いことは、ネット以外にも広く知られるところとなり、市による放射線量独自測定もすぐに実施され、結果が公表されることとなった。これらの結果は、それ以前から同ホットスポットの測定を行っていた有志による結果と整合的であり、公的機関によっても同ホットスポットの存在が認められることとなった。

 

 しかし、これらの値(高くて0.6μSv/h程度)は、国が校庭の除染を行うとした基準(当初は20mSv/年を前提とした3.8μSv/h、その後1mSv/年を目指すことになってから1μSv/h)より低いとして、具体的な対策は特に取られずに今に至っている。

 

 一方、東大HPは、その後何度かの改訂を経て、原発事故由来のフォールアウトにより、3/21に線量率が上昇したことに言及するに至っていたが、健康影響に関しては、3月から一貫して「高めだが健康に影響はない」という記述を掲載し続けていた。そして、この一文が近隣市町村が除染はおろか独自測定すら必要でないと考える理由として広く引用されていた。このことが少なくない東大教員に認識されるにいたって、ついに「「東京大学環境放射線情報」を問う東大教員有志の会」が発足することとなった。同会は、総長に対する最初の申し入れを6/13に行っている。同有志の会には筆者も賛同者として参加している。この申し入れの結果、「健康に影響はない」という一文は削除された。削除自体は、一歩前進とも思えるものの、なんの説明もなく唐突に削除されたことは、近隣市町村を始めこの文言を信じて対応を取ってきた方々への誠意ある対応とは言い難い状況となっている。近隣市町村も、東大のHPの書き換えに伴って、東大のHPを引用する記述は削除したものの、依然として「国の基準待ち」という姿勢は崩しておらず、測定後の校庭の除染を望んで声をあげた母親達との見解の相違は残ったままである。

 

 前回のアップ以降の経過は、ざっと以上の通りである。展開が早く、筆の遅い私はおいていかれてしまったが、柏のホットスポット問題は、すくなくとも広く知られることとなった(注2)。しかし、現在の線量率をもって除染に動くべきかどうかということに関しては、議論が膠着状態に陥っている、というのが現状である。

 

 「柏での生活が、危険かそうでないかはわからないが、いずれにせよ政府のように安全・安全言い切るのもいかがなモノか?」というのが私のそもそもの出発点であった。とにかく政府の態度があまりに「安全」「問題ない」という結論ありきであるのが気持ち悪くて仕方なかった。依然として「安全・安全言い切りすぎ」な側面は見られるが、行政の側にもそこを問い直す動きが少しずつ出始めているようではある。そういう意味で、第一歩は踏み出せたと言えるのかもしれない。また、保護者達の側にも、冷静さを欠いて、あることないことに飛びついてしまう反応も少し増えてきているような気もする。もちろん結局のところ「安全か危険か」は結論が出せず、「グレーゾーンが広大に広がっている」という認識をもつことこそがもっとも重要なことのように思うのだが、とはいえ「どこまでば危険でどこまで安全なのか?」という問題について少し本気で考えを整理しておかなければならないところへ来ているのは確かだと思う。

 

 というわけで次回から、「で、柏の状況をどう評価し、どう行動するか」の考察に入って行きたいなと思う。

注1

香山リカ氏によると、原発問題に過剰にのめり込んでいるのは一般社会に強い欺瞞を感じた人たち(一般社会に適応できていない人たち)なのだそうだ(Diamond Online:香山リカの「こころの復興」で大切なこと(第12回):小出裕章氏が反原発のヒーローとなったもう一つの理由)。 ま、自分の胸に手を当ててみると(あくまでも自分の胸に手をあてた場合の話で、他の方のことはよくわかりません)当たってる部分もあるかもしれんね。ふふふ。

 

注2

AERAが「柏ホッとスポット」を取り上げたとたん、親が「柏大丈夫?」と電話をかけてきてくれた。こちらとしては、「だからずっとそう言ってきたでしょ(怒)!」というのが正直なところだったが。親世代への既存メディアの影響力の強さを思い知るエピソードだった。